年に一度来日するそのバンドのライブには欠かさず行っていた。
しかし、その年のライブには例年以上に気合が入っていた。
母国アメリカ合衆国のTV番組へのレギュラー出演が決まり、それ以降の来日は当面なくなるとのことだった。
ひょっとすると日本でお目にかかれるのはこれで最後になるかもしれない。
チケット発売の日にS席をおさえ、ライブ当日を今か今かと待ち望んだ。

ライブ会場を満員にしたそのバンドのファンたちも、俄然気合が入っているように見えた。
全員に指定の席があり、ゆったりと食事をしながら演奏を楽しむスタイルのライブ会場ではあるが、そのバンドが登場し、一つ目の音を出した瞬間から全員のテンションは早くもピークを迎え、席に座っている者など一人もいない状況になった。

素晴らしい演奏に全員のテンションはピークのまま時間は過ぎて行く。
たまに隣のテーブルの人がハイタッチや肩を組むことを求めてきて、それに応じたりもした。
「お前、だれやねん」などとは思うはずがない。
この空間の誰もが、この最高のライブを共有する家族みたいなものだ。

テンションのピークを更新し続け、あっという間に一時間半が過ぎた。アンコールも終わり、余韻に浸りながら食事を楽しむ時間。
トイレに行くと、隣になった知らない人から今日のライブについて話しかけられる。
アンコールが終わるや否やそのバンドに駆け寄り、持参したCDに無理矢理サインを求めていた人だった。
「お前、だれやねん」などとは思わない。
この空間の誰もが、この最高のライブを共有する家族みたいなものだ。
演奏の素晴らしさや、間奏中に見せたボーカルの仕草の格好良さ、MCでとばされたアメリカンジョーク、持参したCDにしてもらったサインのことなどを矢継ぎばやに話すと、最後に、ゲストで登場した女性シンガーについて、誰も彼女についてそんな風に呼ばないファミリーネームの方で呼び「Hもちゃんと歌えるかめっちゃドキドキだったんだけど、いつになく声が伸びていたよね~」と知ったような口を利いてきた。
「お前、だれやねん」と心から思った。