2017年の暮れ、内野監督の話を聞きに[J-GREEN堺]を訪れたのだが、ちょうどグラウンドに到着した時、スペイン人の外部コーチがホワイトボードとマグネットを使い、選手たちにトレーニングの指示を与えていた。肝心の監督はというと、その輪から少し離れたところに立ち、知人らしき方と談笑。公立高校のサッカー部に入っていた筆者からすれば、ハンパないオーラを漂わせる外国人コーチが練習に加わっているだけでも驚きなのに、次回の特別トレーニングでは17、8歳の高校生相手に最先端のカウンター対策を講じるというから、もひとつ驚いた。
「多分、僕も同じようなレベルで選手に言えるんですけど、やっぱりスペイン人に直接言われると頭への入り方というか、インパクトが違う。僕の言うことを聞く、聞かないではなくね。まぁ、今の時代はもの凄い戦術が進化してるんで、一番そこにこだわってるのはウチやと自負しています。戦術以外にこの話もよく(興國高校に入学する前の)中学生にするんですけど、2014年のブラジルW杯の時にネイマール(フランスのパリ・サンジェルマン所属)が何試合かキャプテンマークを巻いてるんです。母国で開催された大会の代表チームで、当時22歳。日本で言うたら大学4年生ですよ。これから先に日本W杯があるとして、開催国の代表で10番付けてキャプテンマーク巻いてるのが大学4年生って絶対にあり得ないでしょ? 2014年、当時22歳の柴崎選手(柴崎岳。スペインのヘタフェ所属)や宇佐美選手(宇佐美貴史。ドイツのデュッセルドルフ所属)とかが、これから期待の若手! みたいな紹介をメディアがしていて。いやいやいや……、ブラジルの22歳キャプテンやってます。何を言うてはるのって思ってましたね。日本は義務教育がしっかりしてて、学校文化が成熟してる。スポーツも基本的には学校教育のなかで行われてます。そういうこともあってだと思うんですけど、日本で若手と呼ばれるのは大卒くらいの年齢の選手ですよね。その一方、海外でいう若手は10代。20代からは中堅、26歳過ぎたらベテラン。だから日本はひとつ世代がずれてるんですよ。バルサとかでプレーしてる18歳の選手は、日本のJ2くらいのお金をもらってます。毎年、スペイン遠征に行った時にビジャレアル(スペイン、リーガ・エスパニョーラ)のアカデミー(下部組織)と試合して勝ったり負けたりしますけど、向こうの監督やコーチから『彼らはいくらもらってるんだ?』と聞かれて『いやいや、もらってないですよ。学生ですし』って。そしたら『このレベルで給料をもらってないのか? じゃあキミたちはよっぽどいいアカデミーを築いてるんだな』とくるから、『だから何回も言ってますやん、ハイスクールやって(笑)』と。そしたら『このチームができて1年? たかだか1年でこんなチームができるわけないやろ!!』って何かしらんけど、こっちが怒られてるみたいになって(笑)。要は日本のストロングポイントは短期でぐっと伸びることなんです。勤勉やから、海外では何年もかかるようなことを短期間でマスターできる。ただその反面、真面目過ぎて教わったこと以上はできないというケースもありますけど。この前もスペインに行った時、バルサに所属している高校1年生が17歳になったらマンチェスター・シティ(イングランド、プレミアリーグ)に移ると聞きました。その移籍金が2億円、年俸が4,000万円。そんな話を直接聞くと17、8歳にどうこうとか言ってる場合と違うでしょ? よくJとか大学のスカウトの方に『君らのチーム進んでるよな』とか『難しいこと教えてるね』とか言ってもらうけど、ヨーロッパの基準で考えたら若干遅いくらいなんです。ウチの高3がやってることをヨーロッパでは高1の選手がやれてたりしますから。それに例えばセルヒオ・ラモス(スペイン代表。レアル・マドリード所属)なんかは、セビージャ(スペイン、リーガ・エスパニョーラ)にいた高1の時にレアルから1億2,000万円で引き抜かれてます。16歳ですよ。もっと言うと、メッシ(アルゼンチン代表。バルセロナ所属)は日本の中1の歳で母国を出てスペインに渡ってますからね。日本は学校文化が考え方のベースにあるので、遅れを取ってるんですよ」

内野監督が着るトレーニングウエアには、チームのエンブレムと共に“常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションである”というアインシュタインのメッセージが綴られている。星はこれまでにプロになった卒業生の数を表す。この春には3人のJリーガーが新たに誕生し、星の数は合計9つに増える。「興國出身の大卒選手がプロに進んでくれたら、10個になってキレイに2段に揃うんですけどね(笑)」
これは決して愚痴などではなく、いち指導者として危機感を募らせているがゆえの言葉なのだ。視野の狭さを危惧し、旧態依然とした考えに警鐘を鳴らす内野監督。年齢の話は選手に限ったことではなく、タクトを振るう監督にも当てはまると言う。
「ドイツでは29歳でブンデス(ブンデスリーガ)1部の監督がいますからね。30何歳とかも。けど日本では40代の監督がまだまだ稀な存在で、若いとされてます。ん~、若さに対する基準やそういった選手、監督を抜擢する感覚が……。やっぱりどこか保守的なんだと思いますね。きっと会社企業も一緒やと思うんですけど。Jでも日本人に比べて外国人監督は新人やベテランなどキャリアを問わず、その時のベストな選手を試合に起用してますよね。良かったら出す、結果を出したらまた使う。試合に出れないのは、良くないからという単純明快な考え。僕ですか? 学年問わず出します! それこそウチに入学してすぐの4月からAチームの試合に出すケースもあります。ただ、僕の一存だけでは試合に出るメンバーを決めないようにはしてますね。わかりやすく言うと3学年合わせて第1から第6キャプテンまでいて、もちろん僕の考えも伝えるけど、彼らと一緒に決めるイメージですね。あとは試合後の“振り返りLINE”というのがあって、僕らの時代でいうサッカーノート。それを選手個々とLINEでやるんです。その日のゲームの分析から始まって、次のゲームに向けての課題や取り組み、最後に自分が考える理想のスタメンを書かせます。そうすると一人ひとりが自分のこと以上にチームのことを考えるでしょ? 僕だけじゃなく周りに認められないことには……、例えば自主練をサボってたり普段の学校生活をしっかりできてなかったりすると、みんなが考える理想のスタメンには載ってこないわけです。というようなやり取りを一人ひとりとしています。ノートの場合だと家に帰って書くから提出が試合の翌日になって、僕の返事がまたその翌日になるけど、LINEだと試合のあった日に電車移動中でもやり取りができる。僕も彼らも、考えがより深くなりますよね」

[J-GREEN堺]でのトレーニング後、派手な配色のスパイクを履く選手をイジり、コミュニケーションを図る。「え!? どうしたん、何でこの色選んだん? しかもコーディネートもおかしない??(笑)」と周りにいる選手やコーチを巻き込み、和やかな空気を自ら作り出していた。
若手の基準や起用法からLINEの話に。しかしこのLINEを使った選手とのやり取り、あくまでさらっと話をしているが、何もサッカー部の顧問だけをしているわけでは当然ない。担任のクラスや毎日の授業、さらには家族も持っているが、それでもサッカーに費やす時間を削ることは一切ないのだ。枯渇知らずの原動力は、どこから沸き上がってくるのだろうか。そんな単純な疑問をぶつけてみた。
「サッカーが好きというのが一番ですね。それにやっぱり自分がプロとして成功できなかった分、そういう選手を育てたいというのも大きいです。バルサとかレアルとかビッグクラブへの憧れもあるんで、いつかは自分が教えた選手が世界でプレーできたらなって。ヨーロッパで成功するやつを育てるっていうモチベーション。あとはこれを言うといつも「先生、辞めるんですか?」って聞かれるんですけど、そうではなくて、Jユースの指導者にも興味がありますね。究極を言えばヨーロッパのユースチームを指導してくれ、と声がかかるようになりたい。まぁそういった空想もモチベーションを高めるひとつで、決して目標とかではなく興味があるというレベル。現状に一切不満もないですしね。プロの監督にはあまり……。絶対に勝たせるというよりも、やっぱり育てることが大前提なんで。当然、やるからには勝ちたいし、全国優勝するという目標は持ってしかるべきやと思いますけど、僕も選手もあくまでゴールはプロ。だから試合に負けたら悔しいし、そもそも何かが上手くいってないから負けるわけで、その部分は絶対に追求し続けますけど、少しでもポジティブな要素があったり、課題に対してチャレンジした選手がいたりした時は、必ずみんなの前で褒めます。あっち向いてしこたま詰めてても、こっち向いて『今日お前はめっちゃ良かったぞ』って(笑)。そんなノリです。だから選手もわかりやすいと思いますよ。どんだけ怒られてもチームや個々の課題に対してトライし続ければ、評価されて試合に使ってもらえると。それに詰めて反省させて終わりではなく、次の試合もスタメンで起用するんですよ、絶対に。『お前のせいで100失点してもええから、とにかく逃げずにトライしろ』と。目標や課題に向かってしっかりとチャレンジすれば、成功しても失敗してもいいんですよ。立ち向かえばOKなんです。仕事もそうじゃないですか。会社全体は赤字やけど、黒字を作っている社員がいれば褒める。逆に平気で赤字で、新しいことにもチャレンジしない社員がいたら指導するでしょ? それと同じですよ」

LINEを活用した現代版サッカーノート。チームや個々の課題など、選手一人ひとりとオンタイムでコミュニケーションを図るほか、数時間前に行われたばかりの試合のワンシーンや戦術の動画を切り貼りして全員で共有している。
筆者も会社員ゆえに思わず背筋が伸びたのだが、同時にティーンの頃にこういった先生、指導者に巡り合いたかったという想いも湧いてくる。それに前回のvol.2で紹介したようなボールの大きさや空気圧を変え、なおかつ下がりながらの技術トレーニングを自分もしたかったなと。そうしたらもっとサッカーを楽しめただろうにと、物思いにふけってしまった。
「とにかくはっきりしてます。怒る、褒める、笑う、チョケる、ヘコむ。公式戦で負けた次の日とか、『俺、めっちゃヘコんでるから練習したない。今週やる気ないねんなぁ。もうお前らの好きにしたらええやん』と。『いやいや、監督マジで言ってますか? それはダメでしょ。監督がそんなんでいいんですか?』と聞いてくるから、『良くないけどさ、ヘコむもんはヘコむやろ。俺も人間やで』って(笑)。何かやる気ないのにあるふりしても、やっぱり付き合ってたら伝わるでしょ。そこを誤魔化したら信頼がなくなるだけやから、『今日、俺あかんねんな。めっちゃモチベーション低いねん。でもがんばるわな』と。生徒のことですか? もちろんかわいいですよ。怒ったり褒めたりチョケたりしますけど、いつも話すのは『俺が高校生の頃にずっと思ってたんやけど、もう大人やねんからって言われたり、かと思えばまだ高校生やろって怒られたり。むっちゃムカついとってん。今がそういう時期やん、お前ら。でも、その時にちゃんとひとりの人として見てくれた先輩や先生とは今でも交流があって信頼関係もある。だから俺は君らを選手として見てる。授業中は先生と生徒やけど、クラブでは監督と選手の関係。ひとりの人として見てるから』と。中学時代の先生に教わったことですね。あれから20年以上が経ってますけど、それだけ心に残ってるということは、これが僕の指導者としてのベースなんでしょうね」
これまでvol.1、vol.2と、次のストーリーへ誘導するための締めのテキストを書いていたが、今回ばかりは不要だろう。このvol.3で終わりという理由だけでなく、内野監督の最後のセリフに駄文を被せるのは野暮の極みというもの。これからも彼に率いられる興國高校サッカー部の試合を観たい。ただ、そう思うだけだ。
撮影協力:J-GREEN堺( http://jgreen-sakai.jp/)

内野智章
興國高校サッカー部 監督。
大阪府堺市出身。初芝橋本高校1年時に“冬の選手権”に出場。高知大学卒業後、愛媛FC(当時JFL)に入団するも1年で退団、引退。2006年より大阪市天王寺区にある興國高校の体育教師、およびサッカー部監督に。毎年コンスタントにプロ選手を輩出するなど、Jリーグや大学のスカウト陣、高校サッカーファンをざわつかせている。中学、高校、大学、さらには国体の選抜チームでもキャプテンを務めた生粋のリーダーにして名コンダクター。