サッカー部の繁栄と共に大学への進学率が高まり、10年近く前には文武両道を目指すアスリートアドバンスコースを立ち上げた興國高校。ちょうど同じ頃、内野監督の志向する“魅せて勝つ”ポゼッションスタイルが、関西ではなく関東、しかも高校ではなく大学サッカー関係者をにわかに、だが確実にざわつかせ始めていた。

「アスリートアドバンスコースの1期生が2年生になった時に、ちょっとした縁があって東京の大会に招待されたんですよ。大学生も出てる大会で、東洋大学とウチの試合をたまたま見られていた中央大学の監督とコーチが、『なんじゃこの高校は!』と驚かれて。『こんなサッカーしてる高校、今まで見たことない』と、試合後に声をかけてくださって仲良くなったんです。それ以来、ほぼ毎年ウチの選手を獲ってくれるようになって、さらに関東のいろんな大学にバッと広まった。関東の大学に進んだ興國出身の選手が活躍して、そっから全国的に注目されるようになった感じですかね。中大からFC岐阜(J2)に行って、開幕から全試合スタメンで活躍している選手もいます。どんなサッカーをやっていたのか? そうですね、その当時から(味方の)ゴールキックの時にセンターバックがゴールラインまで下がり、広がりながらボールを繋ぐということをやってましたね。バルサがよくやるじゃないですか、ゴールキックの時にセンターバック2枚がペナルティエリアの脇に立つんですよ。で、相手のフォワードがここまでマークしてきたら、ここの空いてる中盤にボールを付ける。ここを潰してきたら、逆にここが空くんでそこにパスを出す。パズルみたいなもんで、絶対に取られないカラクリがある。大学生も戸惑うんですよ、『えっ!? 何これ』って。僕らにボールを動かされてるわけです。今まで聞いたこともない大阪から来た高校のチームに。とにかくキーパーからドカンと蹴らないのを徹底していました。あくまでボールを保持するポゼッションがベースなんでね。あとは見てる人を楽しませる意味でも」

筆者も元サッカー部の端くれゆえ、年下の選手や下のカテゴリーのチームに面白いようにボールを動かされることがどれだけキツイかは理解できる。それだけに内野監督の話が痛快なのだ。ほかの強豪校と同様、実力者が集まってくるとして、いかに自身が理想とするサッカーを彼らに実践させているのだろうか。

「どうやったらこのプレーができるようになるのか、とにかくボールを取られない技術を高めるためにはどうしたらいいのかをひたすら考えて。やってみて成果が出れば続ける、出えへんかったら省く。それの繰り返しです。選手に『こんな監督いないっすよ』ってよく言われるんですけど、ある新しいトレーニングメニューを取り入れてみた後、選手に『これどうやった?』って聞くんですよ。いちいち選手に練習メニューの感想聞く監督います? 選手も『これおもんないです、意味わからないっす』って正直に言う(笑)。彼らがいいと言った練習ばかりを残してやってるんで、逆に山ほど捨てたメニューがありますね。野洲(滋賀県立野洲高校。2000年代中頃より“セクシーフットボール”で高校サッカー界を席巻)とかブラジルの選手とか見てたら、相手をよけるというよりも取りに来た相手をすっといなす、ボールをばっと引いたりしてるから、カラーコーンをよけることだけでやってても違うなぁとか。それで、ブラジルのストリートでやってるような技をひとつずつのメニューにして習得するのが“ボールコーディネーション”です。いかに保持しているボールを失わないかのトレーニングで、最初は手でボールを目の位置まで上げて視野を確保することから始めます。あとは脳トレも。ある日、高知大時代に四国の選抜チームで出会った徳島大学の荒木先生(荒木秀夫総合科学部教授)とのやり取りをふと思い出したんですよ。運動生理学に基づいたコーディネーション運動を指導されている先生がチームスタッフに入ってたんですけど、最初はなんでか理由がわからんかった。それで先生がサッカー経験者じゃなかったことも関係したのか、妙に意気投合して年に一回、選抜チームの活動があるたびにふたりで2、3時間ずっとしゃべっていましたね。何かを学びたいという一心で。その時に教えてもらったことが、『ウッチー、エレベーターの扉がいたりひらいたりしていました。さて、どのタイミングで外に出る?』って。『は? 何言ってんすか。意味わかんないです』って答えられなかったんです。そしたら『僕はどのタイミングで出る? と聞いたけど、扉はずっと開いてるんだからいつでも出られるんだよ。けどウッチーは開いたりの次に、閉じたりっていう言葉を勝手に連想したでしょ? 大人って脳がオートマチックに反応するんだよ』って。要は“たり”と言われた後に続きの言葉を思い浮かべてしまうと。それが運動生理学か大脳学か詳しいことはわからないですけど、脳のオートマチック化と呼んでいて人間の経験に基づいて脳が勝手に反応や計算するみたいなんです。例えばサッカーボールでも、いつも蹴ってる5号球に慣れると脳の刺激がなくなると。『だからウッチー、テニスボールとかソフトボールとか、それこそトイザらスで売ってるクッションみたいな小さいボールでリフティングや基礎練をやると、脳があれ? これ経験したことないぞって小学校の中学年くらいのゴールデンエイジの脳に近づくんだよ。そうすると同じリフティングでも、もう何千倍のレベルで技能習得が早くなるんだよ』って。その当時はへぇ~! と驚いて大学の練習で試していたんですよ。ただ、指導者になってそんなことすっかり忘れてた。何となくしか覚えてなかったんですけど、ブラジルのストリート見たら、ホンマにいろんなボールでサッカーやってるんですよ。道端にテニスボールが転がってて、たまたま4人おるから2対2やろうぜっていう感じで。あっ! これあの時の荒木先生の話やんって思い出して、ボールの大きさも硬さも重さも変えてトレーニングをやり始めたんですよね。そしたらホンマに技術習得が早いし、選手らも『何これ、こんなんやったことない』って。そのほかにも、人って同じ歩くや走るでも、前に進むのと後ろに下がるのとでは使う神経、脳から身体へ送る指令が全く違うとも教えてもらいました。『サッカーって360度動くスポーツなのに、日本人は前に進む練習しかしないよね。脳科学的に言うと、下がりながらプレーできないとダメだと思うんだよね』と。その話も後から思い出して、下がりながらのリフティングや下がりながらの技術トレーニングを選手にやらせてみたら、ほぼできないんですよ。後にガンバに入って日本代表にまでなる選手が、たまたまウチで練習する機会があってやらせてみたら、やっぱり初めてのことやからできない。あっ、こういうことなんやなと、それからトレーニングに取り入れましたね」

チーム練習の後、サッカーが日々の生活に根差したブラジル発祥の“ストリート”を個々で行うのが興國のルーティーン。数十分の間はドリブルやシュート、対面のロングパスなどのメニューをこなしてもよく、選手の自主性を伸ばすため監督はあえて口を挟まないそう。

チーム練習の後、サッカーが日々の生活に根差したブラジル発祥の“ストリート”を個々で行うのが興國のルーティーン。数十分の間はドリブルやシュート、対面のロングパスなど、どのメニューをこなしてもよく、選手の自主性を伸ばすため監督はあえて口を挟まないそう。

野球でもバスケットボールでも陸上でも何だっていいが、その競技の未経験者からの助言を受け入れることは容易ではない。仕事だってそうだ。ところが内野監督は、教授の話を聞いた大学時代からすぐに実践し、監督になってからその記憶を思い出しては何の躊躇もなく選手に話をし、やらせてみる。

「今話をしたようなことを選手に念仏のように言い続けるんですよ(笑)。意識が高いヤツはめちゃくちゃ食いついてくる。まさにそこが分かれ目で、食いつけるヤツがAチームに残る。探求心と向上心、あとは単純に賢くないとダメですよね。勉強はニガテなタイプやのに、異常に“フットボールIQ”高いなとか。ウチに来ている選手は全員サッカー小僧なんですよ。僕もたいがいクレイジーですけどね(笑)。みんな、へぇ~みたいな感じで食いついてきて実際にそのトレーニングをしてみたら少しずつ上達して試合でも成果が出る。すげえやん! ってなるからどんどん伸びる。後ろに下がりながらのトレーニングもしょっちゅうやってたりするから、大学やJリーグのスカウトの方は『興國の選手ってみんな動きがスムーズだよね』って言うんですよ。『まぁいろいろやってますから』って返すんですけど、『いろいろって何なの?』と聞かれます。『いやこれね、2時間くらいないと説明できないです』って(笑)」

口を挟まないといっても、もちろん傍観的なスタンスを取るわけではなく、厳しくも温かい視線を選手に向ける。全体トレーニングが終わった後、ある選手の消極的なリアクションが気になり発破をかけていた。

口を挟まないといっても、もちろん傍観的なスタンスを取るわけではなく、厳しくも温かい視線を選手に向ける。全体トレーニングが終わった後、ある選手の消極的なリアクションが気になり発破をかけていた。

名将と呼ばれる偉大な監督の受け売りではなく、あくまで自分発信の“考動”を起こしていることに共感を覚える。当然、これまでに出会った恩師の教えや見聞きしたことが監督・内野智章のベースとなり、それを独自解釈し、取り入れているのだが、そのリミックスのセンスというか、これとあれを組み合わせて新しい光を当てる。そんなエディトリアル能力に秀でていることがわかる。

「指導の面で影響を受けたのは、やっぱり徳島大学の荒木先生。人間教育は中学の時のいたり先生(至 孝也さん。元堺市立東百舌鳥中学校サッカー部顧問、現堺市立三原台中学校校長)ですね。身長170cm満たないのにバスケのリングにぶら下がれて100mを11秒で走って、140kgのベンチプレスを上げられて、倒立しながら腕立てできる(笑)。そんなフィジカルの持ち主なんですけど、めっちゃ厳しい分、生徒に対する愛情が深くて。至先生から人をどう育てるのかというのを教わりましたね。サッカーはほぼ独学ですけど、影響を受けたのは野洲の山本先生(野洲高校サッカー部山本佳司総監督。元アマチュアレスリング選手)と、あとは静学(静岡学園高等学校。多くのプロ選手を輩出しているサッカー王国の名門)です。山本先生は“セクシーフットボール”で県立高校をあそこまで強化されたこと以外に、先生自身サッカーをされてた方じゃないという点にも惹かれます。YASU Clubっていう地元のクラブチーム(小中高生対象)まで作ってるんですよ。ヨーロッパにあるようなピラミッド型の育成システムを滋賀の県立で作り上げたんです。あとは外部コーチをヘッドコーチにしていたり。そんなん普通じゃないじゃないですか、そこまでやるかって。だからお会いした時、話を聞きたくてむっちゃがっつきに行ったんです。逆に初めてお互いトップチームで練習試合をやった後に、『ウッチー、あのサッカー何なん? めっちゃ変わったことやってるやん。今度教えてや』って言ってくださって。山本先生もすごいんです、探求心が。静学に関しても、個々のテクニックを前面に打ち出したスタイル。これはあくまでも僕の主観なんですけど、大卒のJリーガーって静学出身の選手が多いと思うんですよね。というのも静学は、ドリブルやリフティングなどサッカースキルを高めるためのトレーニングにかなり時間を割かれている。その結果、スキルフルでブラジル代表みたいなサッカーをする。ドリブル主体で、極端な話、試合中に走らずにあえて歩いているとか。一方、今の時代のフットボールって戦術が細かいうえに局面がコンパクトで時間がないですよね。大学の4年間でハードなフットボールに揉まれると、高校時代に培ったテクニックがベースにあるので、いちプレイヤーとして大きく成長する。だから多いと思うんですよね、静学出身の大卒Jリーガー。そこに気付いたん僕だけやと思うんですけど、じゃあなんでなんかなと考えた時に、大学サッカーって高校生よりも世代が上の分、当然フィジカルの強度も高くなってハードワークを求められますよね。テクニックのある選手の足元にボールが入らないケースもある。そんななかでも下を向かない、要はテクニックがある選手というのは自分の頭の上をぼんぼんボールが越えたり、足元に入らんかったりしたら『もうええわ』ってなるんですけど、それでも腐らない。そういうサッカーのなかでもちゃんと静学で習得したテクニックを発揮できてチームを勝利に導けるって、肉体的にもメンタル的にもスーパーなんです。もちろん、“フットボールIQ”も。こういう選手がプロになるんやろうなって思います。だからウチもチームプレーの根底にある個々のテクニックを絶対に追求し続けないといけないなと」

脳に刺激を与え技術習得を促進するため、トレーニング内容によってボールの大きさや空気圧を変えている。確かに高校生が使用する同じ5号球でも、足や頭などインパクトの音を聴くと空気がパンパンに入っているのがわかる。

脳に刺激を与え技術習得を促進するため、トレーニング内容によってボールの大きさや空気圧を変えている。確かに高校生が使用する同じ5号球でも、足や頭などインパクトの音を聴くと空気がパンパンに入っているのがわかる。

繰り返すが、内野監督が目指しているのはただ勝つだけではなく魅せて勝つサッカー。それにプレーしている選手が100%エンジョイできるサッカーだ。しかも新しいチャレンジにも常に貪欲でいる。どの職業でもそうだが、年齢や経験を重ねるほど考えが凝り固まり、新しいアイデアを取り入れたり、別の発想を生み出したりすることを放棄してしまうケースが少なくないはずだ。そんな自戒を込めて話を聞いていたのだが、内野監督はトライ&エラーを厭わず、それどころか選手以上に楽しんでいるふしがある。

「ホンマにトライ&エラーの繰り返しです。しかも生徒に聞くっていう(笑)。今でもキャプテンら中心のヤツに聞きますね。『あのメニューどう?』、『あれは僕らの代(学年)はイマイチちゃいます?』、『そしたら止めよっか』というやり取り。試合前のアップでも、『今日どうしますか?』って聞いてくるから、『何のアップしたい?』って。『あれとあれとあれをしたいです』、『ふ~ん、ええんちゃう。あ、俺これだけやってほしいねんけどな。いい?』って選手にお願いするという(笑)。怒る時はめちゃくちゃ怒りますけどね、まぁ昔も今もそんな感じです」

選手との距離感ややり取りも独特すぎて、聞いているこっちも笑いが絶えない。しかも“ボールコーディネーション”やら“フットボールIQ”やら、耳にしたことのないワードがバンバン出てくるから、つい前のめりになって聴き入ってしまう。きっとリミックスのセンス以外に、人の関心を引き、人を巻き込む術にも長けているに違いない。さて、次回が最後となるvol.3では、内野監督が日本サッカー界に警鐘を鳴らします。さらにこの先の自身の展望を語ってくれました。乞うご期待!

撮影協力:J-GREEN堺(http://jgreen-sakai.jp/

興國高校サッカー部 監督 内野智章インタビューvol.2「ウチの選手は全員サッカー小僧なんですよ。僕もたいがいクレイジーですけどね(笑)。」

内野智章

興國高校サッカー部 監督。
大阪府堺市出身。初芝橋本高校1年時に“冬の選手権”に出場。高知大学卒業後、愛媛FC(当時JFL)に入団するも1年で退団、引退。2006年より大阪市天王寺区にある興國高校の体育教師、およびサッカー部監督に。毎年コンスタントにプロ選手を輩出するなど、Jリーグや大学のスカウト陣、高校サッカーファンをざわつかせている。中学、高校、大学、さらには国体の選抜チームでもキャプテンを務めた生粋のリーダーにして名コンダクター。