――まず、写真集のタイトルが「PRAHA」ではなく「TOWN」にされた理由を教えてください。
プラハにある一つの街だけで撮影した写真で構成していますが、プラハの写真集ではなく、『世界のどこかの街』という見え方になるようにしたかったんです。私は撮影場所が奈良でも東京でも、海外であろうと、どこで撮っても目線がいくものが変わらず、同じスタンスで撮っています。なので、プラハを撮りました! とならないように、タイトルを「PRAHA」ではなく「TOWN」としました。
―― 分かりやすい観光地やその土地と分かるようなものは撮らないということでしょうか? 例えば、奈良であれば鹿は撮らない?
奈良で撮るなら鹿はきっと撮っちゃいます。ただ、観光客目線では撮らないですね。私は撮影するためにそこにいるだけで、生活している人でも、観光客でもない。そんな私と街との関係性だからこそ撮れる絵があります。
――どこで撮影しても軽くなってしまうと、対談の時に仰ってましたが、その理由は何でしょうか?
たぶん、そうゆう人間なんでしょうね、残念ながら(笑)。
―― 「TOWN」の話に戻りますが、今までタテ位置の写真が多かったのが、今回はヨコ位置のみですね。
最近モノの見方が横になってきてるんです。ライカを使いたくなった理由の一つでもあります。おそらくムービーの仕事が多いからですね。現地にはRZも持って行ってたんですが、35mmでしか撮る気にならなかったので、RZでは一本も撮りませんでした。
――対談で仰っていた撮りたくなる「違和感」。「TOWN」のなかで「違和感」がかりやすいものだと、どの写真でしょうか?
道端にビールの空きビンや溶けたアイス、タバコが落ちてる写真は「夜中に誰かがココで飲んでたんだなー」と見るのがおもしろかったり、赤い車とシルバーの車の間に青い人がいたり…。
――たしかに道端にビール瓶や缶が落ちている写真は何枚か出てきますね。
プラハは路上で飲んでいる人がたくさんいるんです。その残骸を見るのがおもしろかったですね。
―― キレイやかわいいに反応しているのではない。
はい、そうゆう感覚でシャッターを切っていません。この花畑の写真だと奥にベンチで寝てる人がいるんです。それは花ではなく。寝てる人にポイントがいってる。日常生活でもこんな小さなことに反応し、おもしろいなーと思いながら生きています。
―― 今回はプラハで、これまでの作品も海外が多いですよね。
国内もたくさん撮ってますが、海外の一人になれる感じが好きです。誰とも関わらなくていいし、言葉も分からない、自分と違う文化…。違和感も海外の方が多い。単純にまだ若いんでしょうね。海外に行くと楽しくなっちゃう。
――撮影に行くまでの準備はどんな感じですか?
事前の下調べは全くせず、ガイドブックも持って行きません。日程も一週間くらい前まで決められなくて、5日前に飛行機、3日前にホテルの予約を取るという感じです。
――かなりタイトですね…。
なかなか決められない性格なんです。
―― 本当に写真を撮るためだけに行くんですね。
現地で誰かと話すこともなく。チェックインやスーパーのレジでの「キャッシュ? カード?」に答えるくらい(笑)。
―― それだけ集中して撮るということは、日常生活ではあまり撮らない?
まったく撮らないわけではないですが、作品にしようと思って撮ってません。だから、他のカメラマンの方よりプライベートで撮る機会は少ないと思います。作品は時間や期限を決めて集中しないと撮れないんです。
―― ずっと同じ視点、方法で撮影されていますが、過去の作品と今の作品、自分のなかで変わったと感じますか?
昔の写真を見ると随分変わったなと思います。人間だから変わって当然ですよね。昔のほうがさっぱりしたものを好んでいて、きっちりした写真でしたね。今はもっとラフというか、動きとか流れとかも表現できたらなと。そうゆう意味でも、今の私にはライカが合ってます。根本的なことは変わってませんが、どんどん写真が粗くなってる気がしますね。いろんなものを許せるようになってきました。
―― 気分によって撮るものや雰囲気が変わることはありますか?
人それぞれだと思いますが、私は気分に左右されません。むしろ、撮っている時は常に一定。被写体との距離もいつも一定です。そこまで感情込めて撮っていません。
――逆に気分が不安定だと、「違和感」に気づけない?
そうなんです。不安定な状態だと街の中の小さな出来事に気づけません。だから常に気分を一定に保つようにしています。
―― 広告写真の話に移りますが、多くの広告を手掛けられていますよね。
広告は好きですね。幻想なのかもしれないけど、広告は誰かの役に立っていると思えるんです。
――商品を売るなど目的に応じた写真や映像を撮るから?
そうですね。オーダーされたものにどれだけ応えられるかなので。
―― 対談で広告と作品の境目がないと仰っていましたよね?
広告の仕事で演出なども含めて自分で作りあげないといけない場合、作品撮りで得たものを生かしています。私にとって作品撮りがインプット、広告がアウトプット。撮る時の感覚やいいなと思う感じを作品撮りで蓄積し、それを応用しながら広告写真を撮ります。どちらが欠けても成り立たないんです。もちろん、難しいなと感じる仕事もあり、未だに自分が満足できる写真が撮れた仕事は数えるほどしかない。私の能力不足もあるとは思いますが、100%満足できることなんてないし、常に毎回終わってから「わー」ってなります。でも、「あれよかったよねー!」って思えるものもあって、その感覚が忘れられないんです。
―― 広告もフィルムですよね?
はい。スチールは100%、ムービーも9割がフィルムです。
―― デジカメで撮ろうと思ったことは?
一度もありませんね。デジカメはムービーのロケハンに使うくらい。必要性を感じないので、ずっとフィルムです。ただ、フィルムはどんどん減っています。ポラロイドがなくなったのは大きいですね。製造中止の連絡をいただいた時に、死ぬまで使い続けられるほどの量を買ったんです。2000箱くらい。それだけ買ったのは私だけらしいんですけど(笑)。それでも使い切ってしまったら、デジカメをポラ代わりにするんでしょうけど、全然違うので…。困りますね。どんなに技術が発達してもフィルムとデジタルは別物なので。色やトーン、質感などの仕上がりもですが、そもそも撮る時の気分が違います。デジカメだとカメラを構える気になれないんですよね。
―― 市橋さんにとって写真の魅力って何ですか?
写真なかったら人生つまんなかっただろうな。写真ってゼロから作らなくてよくて、そこにあるものを切り取ってるだけなのに、世の中をこんなに表現できる。だから、相当楽しく、奥が深く……ラク(笑)。本当に写真っておもしろいんですよ。飽きることがありませんね。

市橋織江さん
1978年7月7日生。 スタジオ勤務後、カメラマンに師事し2001年に独立。 数々の広告や雑誌、アーティスト写真を手掛ける。 TVCMや映画のムービーカメラマンとしても活動し、2018年5月に3本目の映画「恋は雨上がりのように」が公開。 主な写真集に「PARIS」(PIE BOOKS)、「Gift」、「BEAUTIFUL DAYS」(共にMATOI PUBLISHING)など。2017年12月に最新写真集「TOWN」(パイ インターナショナル)を発売。 http://www.kayokosato.com/wordpress/?cat=1