「百貨店ではあるんだけど、百貨店ぽくないようなスタンス」。自身が館の開発に携わる[藤井大丸]をそう評する玉川さん。前職のショップスタッフ時代からアットホームな雰囲気に惹かれ、他の百貨店とは違う魅力を感じていたという。
「入る前もそうですけど、実際に入ってからもいい意味で“百貨店ぽくない”というイメージは変わらなかったです。お堅い感じは一切ないですしね。ただ、アットホームというのか自由というのか、入社当初は7階のフロア担当ですと言われただけで、何をしたらいいのかわからなくて……。今ほど店舗数も多くなく本当に何もやることがなかった時は、どうしようと不安で吐き気をもよおすこともありましたよ(笑)。そこからイベントを他のフロア担当と始めたりオンラインショップの担当になったり、徐々に仕事をするようになりました。そもそもセレクトショップの販売員をやっていた時に、百貨店で働いている人って何をするんだろうと思っていて。販売自体はお店側がやるし、別にすることないんじゃないのと。それに自分がショップで働いていた頃にディスプレイの意見を館の方にもらっても、何かわかってるんだろうかとも……。今、百貨店側になってみると付かず離れずというか、その辺りのバランスの難しさがわかるようになりました。ただ、他店の情報を持っている分、このお店はこういったものが売れている、こういう見せ方がいいんじゃないかっていう情報の共有は必ずしています。フロア担当とは、ざっくりいうと店舗の売上を上げるサポートという感じですね」
「何もやることがなかった」毎日から先輩の助言のもと徐々に仕事を作り、フロア担当を経て現在は主に出店業務に携わる玉川さん。百貨店を含むアパレル業界が厳しいとされている今、ブランド誘致の話を持ちかけたところで、そう簡単に話がまとまらないのは容易に想像のつくことだ。
「例えば[THE SHOP]の場合、入っていただくのに足かけ3年かかりました。東京・丸の内の[KITTE]に入っているのを見て、いいお店だなと思って出店の相談をさせてもらったんですけど、当時はまだ始めたばかりだからとお断りされて。1年後にもう一度断られて、さらにその1年後に話をさせていただいて何とかOKをいただいたという感じです。テナント誘致の仕事は、セレクトショップにおけるバイヤーと近いかもしれませんね。それぞれのお店に合った商品をバイイングにするのと同じで、[藤井大丸]に合ったお店に入ってもらうという。バイヤーのように展示会にも伺うようにしています。
ただ僕の場合はバイイングが目的ではなく、先方との関係性を築き、それに今どういったものが売れているのかなど市場の空気感を掴むのが目的です。東京が多いんですけど、やっぱりそこまで足を運ばないとどこの誰かもわからない人間に電話やメールだけで出店してほしい、イベントをやってほしいと頼まれても何も伝わらない。我々のことを知ってもらい、何度も顔を合わせて話をして考え方や方向性に共感していただけたら、たとえ出店は難しくてもイベントを実現できるかもしれない。そういう行動は大切にしたいなと思います。地道な動きが実を結ぶこともあって、数年前に東山、嵐山に続く3店舗目として[% ARABICA KYOTO]に入っていただいたんですね。それで東京でのイベントにお邪魔した時に、「MAISON KITSUNÉ」のマサヤさんが偶然来られていて紹介していただいたんです。実は別の担当者の方にポップアップショップの打診をしたことがあって、タイミングが合えばくらいの返事をいただいていたんですけど、なかなか進みませんでした。もう無理かなと諦めかけていたタイミングで、デザイナーご自身に会うことができたんです。ちょうど京都に出したいと考えていたということで、早速フロアを見に来ていただきました。本当にタイミングがすべてでしたね。どこでどういう出会いがあるかわからないので、やっぱり足を運ぶのは大事。展示会にしても、そういう偶然の出会いに期待しているところは結構あります。今でも一日のうち、館内で仕事をするのと外に出かけるのは半分ずつですね。大阪にも週に一回は行きますよ。商業施設が中心ですけど、時間を見つけては知り合いのお店に寄ったり新店に行ったりしています」
[藤井大丸]に入社した当初もそうだが、手をこまねくのではなく行動に移すのが玉川さんの身上だ。それも行き当たりばったりではないため、“考動”と書いた方がしっくりくる。その結果、ヒトとモノとコトが有機的に繋がり、冒頭の「百貨店ぽくないようなスタンス」という言葉の通り、前年比など机上のデータやマーケティングだけに頼ることなく、日々面白いコンテンツを考え、実現しているのだ。
「ひと昔前は施設によって色がありましたけど、今はどこも似たり寄ったりになっています。勢いのある施設もあるものの、総じて飽和状態というのは間違いないかなと。なので、どちらかといえば個店の動きが気になりますし、実際にそこからアイデアを得ることもあります。特にここ数年は、コーヒースタンドに代表される飲食がキーになっていますよね。ただ普通の飲食店に入ってもらっても、それこそ代わり映えしないので、次の一手をいろいろと探しているところです。ポップアップショップや7階のギャラリーもそうで、独自性というか他の商業施設や一般のアート展とは違う[藤井大丸]らしい切り口が大事だと思っています」
年間、50店舗ほどのポップアップショップを企画し、それと並行しながらアートのエキシビションを開催している玉川さん。特にギャラリーはゲリラ的に不定期で行っているとはいえ、回数を重ねるごとに認知度が高まり、集客も右肩上がりのようだ。ファッションや街遊びの延長線でアートに触れられるとあって、関西でも貴重な場となっている。「ポップアップにギャラリーの商談、出店と結構仕事に追われてるかも」というが、お疲れムードは微塵もなく、むしろ本人が一番楽しそうだ。
「まあ忙しいといっても、出店は上手くハマッていればそうコロコロと変わるものではないので。今は来年の2019年を目途に、ウチはこういう百貨店なんですとあらためていえるように館全体の強みや弱み、今後の方向性などを整理している最中ですかね。関西にある百貨店のなかでも、いろんなモノ、コト、ヒトを柔軟に取り入れているというのが少しずつ伝わっている実感があるので、そこをもっと広げたくて。これから先は[藤井大丸]というひとつのハコのなかで完結するのではなく、もっと地域ぐるみでコトを興したいですね。うちをキッカケに、いろんなお店に行ってもらうような。コーヒーのイベントもその一環なんですけど、京都の街と一緒に動いている百貨店になれたらいいなと。京都というとやっぱり和であったり伝統だったりというわかりやすいイメージを持たれていると思いますけど、そこに寄せるつもりはなくて。県外や海外から来られた方に、地場のファッションや飲食などをひっくるめて京都の“今”の空気感がわかってもらえる館になれればいいですよね。
その一方で、京都の方にも来てもらわないと意味がない。20代、30代の人を見ていると、週末にわざわざ出かけようと思うところが実は少ないのかなって。大阪でいう梅田に遊びに行こうかというように、四条に出かけようかとはなっていないように感じていて。そこは我々の課題でもあります。ただうちの場合、ちょうどいいコンパクトなサイズなので、それこそもっと大きな百貨店だと何かをした時にサラッとした薄い印象になることもあるけど、それぞれのブランドにしても[藤井大丸]全体の発信にしても、いろんなアプローチをダイレクトに感じてもらえるというのは利点のはず。そこを上手く活かしていきたいですね。あとはリブランディングのうえで忘れてはいけないのが、ファッションと紐づいているかどうか。洋服が売れないといわれて久しいですけど、そこをないがしろにして飲食や雑貨に走ってしまうのはうちの在り方ではない。売上や人気も重要ですが、あくまでファッションとの親和性という点はシビアに考えていますし、お客様も敏感に感じ取られます。例えば某有名コーヒーチェーンなどに出店してもらうと集客が見込めるのはわかるんですけど、今すぐの集客を目指すのではなく、長い視点を持って[藤井大丸]らしさを作り上げていきたいですね」
話の最後にあらためて自身の仕事のスタンスを聞いてみたところ、「人の繋がり。求めているというと語弊があるけど、やっぱりそこから生まれる企画が多いので、ずっと大事にしたいです」と返ってきた。そんな現場主義を貫く人が手掛ける[藤井大丸]が面白くないわけがなく、これからも京都に行くたびに寄り道をし、玉川さんに会おうと思う。

玉川直樹さん
京都府舞鶴市出身。大学在学時にファッションの道を志し、4回生の頃に[ジャーナル スタンダード]にアルバイト入社。卒業後に社員となり、藤井大丸店を含め販売員として8年半勤務。2010年に藤井大丸に転職し、7階メンズフロアの管理業務を経て現在はMDとして出店業務やポップアップショップ等のイベントを手掛ける。京都はもちろん、大阪や東京などシーンの最前線に足を運んでは体感、吸収し、人と対話を重ねるのが仕事の流儀。
https://www.fujiidaimaru.co.jp