大切なことは生産者の人たちとの関係づくり。
人と人との繋がりで関係性が強固なものに。
食という業界に携わっている私が危惧しているのは、生産者の数が減っていたり、食に興味を持たない人が増えていたりすること。ファストフードで済ませる人も多いですし、若い人は食事をするときもスマートフォンを離さない人もいると聞きます。やはり、食卓を囲んだときに会話を通じて行うコミュニケーションは大事だし、そのようなところも含めて食というものを大切にしていきたいと思います。
だから共感できる生産者との繋がりは重要ですね。去年の夏は山形県南陽市でワイナリーを始めた藤巻一臣さんを訪ねてきました。もともと横浜のイタリア料理店でサービスマンをされていた方で、2015年にグレープリパブリックという会社を立ち上げてブドウの栽培からスタート。藤巻さんの店で、私の店のサービスマネージャーを研修させていただいたことが縁で、休日を利用して家族で会いに行きました。
これまでは高齢者の農家が多かったので、農薬を使う慣行農法がメインだったのですが、彼が草を刈るから除草剤を使わない無農薬でやりましょうと始めると、一年ほどで地域全体に広がったそうです。次の年からは完全に無農薬でブドウができるようになって、土壌もどんどんきれいに改良されていきました。そこでつくられるワインはナチュラルワインと呼ばれているもの。気候やその年の条件によってブドウの味は変わるので、年によってワインの味が違うのは当たり前。もちろん美味しくないといけないのですが、そのようなものづくりをしている人と会うのはとても刺激になります。他にも山形でシェフをしている後輩に会いに行って、生産者を紹介してもらいました。冬に雪が降る山形はすごく冷え込むため、野菜がすごく美味しい。寒さで凍傷を起こした体を自分で糖を出して治すので、野菜自体が甘いのです。
さまざまな食材が集まってきて、美味しい料理を提供することで、お客様に生産者のことも理解していただける。そんな店のあり方をこれからも続けたいと思っているので、休日は生産者の人たちとの関係づくりに力を入れています。もちろん、京都にも素晴らしい農作物をつくる生産者の人たちがたくさんいるので、次のシーズンにつくってほしいものを相談することもあります。そんなときは、それに合わせて種まきもしてくれるので、生産者との繋がりはとても重要ですね。今お付き合いさせていただいている人たちは、お米をつくっている人が美味しい野菜をつくっている人を紹介してくれるなど、人と人との繋がりで増えてきました。自分たちと考え方や方向性が同じなので、大切にしたい人たちばかりです。
これからは興味を持ったことを形にしたい。
海外に日本の食を発信してくことも必要。
店を始めて3年が経ち、料理人として社会的な責任を果たさなければいけないという思いがどんどん強くなっています。例えば生産者の土地に出向いて、ファームレストランのような形でその土地の食材で料理をつくって提供する。そこには普段私の店に来ていただいているお客様に来てもらえれば、農作物の生産に携わっている若い人たちのモチベーションも上がっていくだろうし、やがては就農する人たちを増やしていく一助になるかもしれない。そんな行動も起こしていかないと、私たちもよい食材を使うことができなくなってしまうわけです。
フードロスや海の資源が減っていることなど、食にまつわる問題はたくさんあるのですが、一般の人たちには危機的な状況であることは知られていません。まずは私たちからそのような問題を発信していくことが重要だと思っています。商売をしてお金を稼げても、自分が死んだ後に何が残るのだろう。子どもや孫の世代まで影響を及ぼす農薬の問題についても、使用することが必ずしも悪いわけではありませんが、過剰に使うことによってやはり土地は弱くなってしまいます。土壌の汚染はやがては海に流れ着き、水産物にも影響を与えてしまいます。私の店では無農薬だから美味しいという謳い方はしていなくて、美味しいと言われたときに、あらためて生産者や作り方を説明します。まずは料理を食べていただいて、それから食材やその背景にある問題に興味を持ってもらうことが大切なのではないでしょうか。
先日、私の姉が社会福祉事業をしている関係で、障がいのある人たちに店に来てもらいました。最初に食事をしてレストランというものを体験してもらった上で、次はその人たちにレストランのサービスの仕事を体験してもらいました。店のスタッフに、障がいのある人たちに仕事を教えるということを体験してもらうことが目的です。日頃、私たちが使っている言葉は相手にわかってもらって当然のように感じていますが、実際はそうではありません。障がいのある人たちにも分かるような説明の仕方や、どうしたら伝わるのかということを考えることで、自分も含めて、誰もが、「できることも、できないことも、得意なことも、苦手なこともある」ということを理解してもらいたかったのです。
その体験をもとに、新しいスタッフが入ってきて教育する際に、どうしたら伝わるのかということを考えることができるようになればいいと思います。同時に、伝わる喜びや教えることができたときの喜びも感じてもらいたい。実は、母も障がいのある子どもたちにかかわる仕事をしていたので、私はさまざまな人たちと接することのできる環境で育ち、人はそれぞれ、できることもできないこともある、ということを自然に理解することができました。日本ではまだまだ理解の低い分野であるのですが、私たちも何かできればいいなと考えています。
レストランを経営していくことで、世の中を見通せるような力も身についてきて、さまざまなことにも意識を向けることができるようになりました。次はどのようにして形にしていくことができるか。今年の2月には韓国のレストランでプロモーションを兼ねたイベントを行いました。そのレストランのオーナーシェフは、修行中にイル ギオットーネによく食べに来てくれていて、私の料理が一番好きだといってくれた人。今では韓国で自分の店を持ち、ミシュランの星を獲得するほど頑張っていて、彼の店で料理をしてほしいという依頼があったのです。今度はシンガポールでも同様の話をもらっていて、日本の食をアピールするいい機会だと思っています。これからはアジアをはじめとした海外にも、さまざまなことを発信することができればと考えています。
最後にはなりますが、私はこの仕事が本当に好きなんです。是非これからも多くの方に、「食」というものに携わっていただけたらと願っております。
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インタビュー前編はこちら。
京都を代表するイタリアンcenci(チェンチ) オーナーシェフ 坂本健さん vol.1「生産者とお客様を繋ぎ、やりがいや喜びを提供。 その仕組みをつくり出すことが使命。」

坂本健さん
1975年、京都生まれ。大学卒業後の99年に、東山七条のトラットリア「イル パッパラルド」で料理人としてのキャリアをスタートさせる。当時シェフを務めていた笹島保弘氏のもとで料理の基礎を習得。2002年に笹島氏が独立して「イル ギオットーネ」をオープンさせたことに伴い同店に移り、和の食材を使った新しいイタリア料理を開花。9年間料理長を務めた後の14年に独立し、岡崎にリストランテ「チェンチ」をオープン。素材のそのもののよさを追求したことで生まれた、シンプルで力強いイタリア料理を身上としている。