素材のよさを生かしてシンプルに。
組み合わせによって予想できない驚きを提供したい。
私の料理の特徴は、素材を大切にして食べ合わせの面白さを加えたものになっています。口の中で食材が合わされることで生まれる味。例えば卵がけごはん。最初から卵とごはんが混ざっているのではなく、ごはんに卵がのっていて、醤油を少し垂らす。そして、かき混ぜて食べたときに卵の甘み、醤油の塩辛さ、卵とご飯が混ざることで生まれる食感が順番にやってきて、五感を刺激してくれる。だから、もう少しで完成するくらいの盛り付けや、食べるときにソースが絡んで初めて美味しく感じるような料理を求めています。シンプルだけど真似ができないものを提供することで、オリジナリティが出せているのではないかと思っています。
今の考えの出発点になったのは、以前にいたイタリア料理店、イル ギオットーネでの経験が大きいですね。当時、親方の笹島さんが考えていたのは、京都の地の食材を使ってイタリア料理をつくること。その前の店のイル パッパラルドでは、笹島さんはイタリアからの輸入野菜などを使って本場のイタリア料理を再現していました。しかし、懇意にさせていただいていた和食の料理人から「京都には美味しい地の野菜がたくさんあるのに、なぜわざわざ輸入したものを使うのか?」と問われて、笹島さんはっと気づかれたのです。イタリアではその土地にあるものを使うからこそイタリア料理なんだと。だから、京都のものを使うことが本当の意味でのイタリア料理になるのではないかという答えに辿り着きました。私はそんな笹島さんの隣で、そのような料理を具現化していくことに没頭するようになりました。
和食の店に食べに行って、この食材ならどのようにすればイタリア料理にできるのか。そのようなことを繰り返すうちに、ピクルスと漬物では呼び方が違っても食卓の上では同じ役割を担っていることや、食感ではモッツァレラチーズと豆腐が似ていることなどに気づきました。京都には棒鱈と海老芋を炊き合わせた芋棒という伝統料理があり、実はイタリアにも同じような料理があります。干したタラを牛乳でもどして炊き、ジャガイモと合わせてディップのようにして食べる。タラとデンプン質のものは相性がよくて、人が美味しいと思う感覚というのは、国や場所が違っても大差はないということなのです。
それからは単純に真似をして料理の内容を考えるという段階からステップアップして、料理を構成する食材を分解し、掘り下げるという力が身についてきたと思います。例えば、ジャガイモは茹でる、揚げる、蒸すといった火の入れ方で食感が大きく変わるので、相性のよいものも変わり、組み合わせの妙というものを表現できます。現在、私の店に多くのお客様が足を運んでくれるのは、和食の店と同じ旬のものを使っていても、組み合わせ方によって予想外の味を表現できているからではないかと思っています。メニューに書いているのは食材の名前のみ。だから、想像していたものと全然違う料理が出てきたときに、驚きや楽しみを感じていただいています。
自分が本当にやりたいと思ったのは、
そこでしか体験することができない店づくり。
私が料理に興味を持ったきっかけは、学生時代に何度かイギリスへ留学していたときに知り合った、フィレンツェ出身のイタリア人がつくってくれた料理でした。彼がつくったスパゲティは、私が今まで知っていた母親がつくるようなものとはまったく違い、その美味しさに衝撃を覚えました。その理由は、化学調味料などを一切使わず、野菜や肉や魚といった素材のよさや使う食材のバランスによるものでした。そこで初めて、料理って何て面白いものなんだろうと思うようになったのです。
そして、大学4年に進級すると就職活動を始めたものの、就職した後のビジョンがどうしてもはっきりしないままでした。そんなときにイル パッパラルドで食べた料理がものすごく美味しくて、ここで働きたいと思いました。何度か断られましたが、サービスのスタッフとして雇ってもらえることになり、半年後にキッチンのスタッフに欠員が出たことで、厨房に入らせてもらうことができました。学生時代に居酒屋やカフェでアルバイトをしていた経験はありましたが、料理に関しては素人同然。最初は苦労しましたが、イル パッパラルドは全国からお客様がやってくるほどの有名店になり、忙しさの中で働くことや料理人としての基礎をきっちり学ぶことができたと思います。
そして、3年半が経ったとき笹島さんが独立することになり、私も付いていくことにしました。イル ギオットーネも瞬く間に人気店になり、店舗も徐々に増えていき、私は本店の料理長を任されるようになりました。しかし、やりがいが感じられる一方で、店舗が増えるのに従ってやらなければいけないことも増えていきました。生産者との関係性を築きたくても、どうしても店舗の運営を優先さなければいけないことも出てきますし、そのうち私のやりたいこととは違うのではと感じるようになったのです。
飲食店の経営は、1店舗をじっくり育てていくか、多店舗展開していくかなど、いろいろな方法がありますが、私には店舗を増やしていくやり方は馴染みませんでした。すべての店舗のスタッフの気持ちを同じ方向に持っていくのはとても難しい。でも、チームだからこそできることもたくさんあり、そうした経験は役立てたい。私がオーナーですべてを仕切るのではなく、チームで運営しそこでしか体験できない店をつくりたいと思い、イル ギオットーネから独立してオープンさせたのがチェンチです。
売り上げを目標にしてしまうと、どうしても効率を追求したり、単価を上げる努力をしたり、最終的には店を増やすことになってしまう。私が思う料理人のあり方は、生産者の想いを汲んで、料理に形を変えてお客様に届けること。いろいろな繋がりの中で、生産者の人たちに出会うことができ、共感できる料理としてお客様に喜んで食べていただく。そして、その声が生産者に戻ることでやりがいにも繋がるという役割をレストランは担っていると思っています。お客様は1~2ヶ月も前から予約して、その日を楽しみにしてくれる。食事をするわずか2~3時間のために、ここまでしていただけるのは、何て幸せな仕事なのだと改めて思います。
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インタビュー後編はこちら。
京都を代表するイタリアンcenci(チェンチ) オーナーシェフ 坂本健さん vol.2「レストランを経営することで感じるようになった、 料理人としての社会的責任を果たすということ。」

坂本健さん
1975年、京都生まれ。大学卒業後の99年に、東山七条のトラットリア「イル パッパラルド」で料理人としてのキャリアをスタートさせる。当時シェフを務めていた笹島保弘氏のもとで料理の基礎を習得。2002年に笹島氏が独立して「イル ギオットーネ」をオープンさせたことに伴い同店に移り、和の食材を使った新しいイタリア料理を開花。9年間料理長を務めた後の14年に独立し、岡崎にリストランテ「チェンチ」をオープン。素材のそのもののよさを追求したことで生まれた、シンプルで力強いイタリア料理を身上としている。