さまざまな音色を響かせ
変幻自在に音楽を彩る楽しさ。

僕は鍵盤楽器なら、ピアノも、オルガンも、シンセサイザーも全部好きです。どれか一つを専門的にされている方は、ピアニスト、オルガニストと呼ばれますが、僕はどれも好きで弾いている。なので、いわゆる総称としてキーボーディストと名乗り、そういう道を歩んでいます。
バンドにおけるキーボードの魅力は、とにかく色々な音色が出せて、空間を彩れること。ドラムとベースがベーシックなリズムを支えて、ボーカルとギターが華やかにメインを奏でて、キーボードはその間を彩っていくようなイメージですね。ストリングスの音とかブラスの音とか、他の楽器隊では出せないたくさんの音色も奏でられますし、あまりにも色々なことが出来過ぎてしまうので、扱いが難しいのと同時に、他のバンドメンバーからの「こういう風な音出せない?」というオーダーに、「僕は便利屋じゃないです!」と拗ねることもあるぐらい(笑)。というのは冗談ですが、色々な音を出してバンドサウンドに彩りを添えられるのは、本当にキーボーディストの楽しさであり、魅力だと思っています。


現在、キーボーディストとしては、アーティストのサポートと自身のバンドと2軸で活動していて、それぞれ違う心構えで臨んでいますね。アーティストのサポートとなると、基本的にはアレンジされているものを演奏するスタイル。こういうセリフを言ってください、と与えられたものを、自分のフィルターを通して表現するようなイメージです。なので、アドリブ要素は少なく、それよりもアレンジャーの方が考えに考え抜いたフレーズが喜ぶように表現したい、という気持ちで演奏しています。
一方、自身のバンドは「Sensation」というインストバンド。ボーカリストがいない、楽器がメインのバンドなんです。だから、こっちはもう自分が主役というか。4人組なので、4人全員が主役という気持ちですね。そういう意味では、ライブではサポートの時より緊張しますよ。さらにセッションの場合は、また全然違う。何も決まっていない中で、その時その時のアドリブで演奏するので。そこは動物の勘が試されるというか、自分が進んできた道、経験してきた音楽の引き出しの中から、瞬時に選んで取り出す。そういう感覚でやっています。

心を動かすクリエイティブは
経験からしか生まれない。

引き出しを増やすため、感性を磨くためには、色々な音楽を聴くこと、日々練習を積み重ねることはもちろんですが、それ以外で言うと、旅に出ることを大切にしています。音楽は関係なく、きれいな景色を見るとか、自然に触れるとか、温泉に入るとか、そういう旅。不定期な仕事なのでなかなかまとまった休みは取れませんが、隙あれば出かけるようにしています。非日常的な空間や、日頃の喧騒から離れて癒される空間に身を委ねると、心身共に開放されて、いろんなインスピレーションが湧いてくるものです。それに、自然の中で静かにゆったり過ごすと、耳の疲れが取れるんですよね。旅から帰ってきて、例えばテレビをつけると、いつも通りの音量だとうるさすぎて下げることが多いんです。そこで、今まで無意識に耳が疲れていたんだなぁと感じています。ちなみに、大阪以外で好きな土地を3か所挙げるとすると、北海道、福岡、そして母親の実家がある鹿児島県の屋久島。自然が豊かだったり、食べ物が美味しかったりするので。海外だとバリ島や台湾が好きで、とくに台湾は過去に何度も訪れています。

あとは、やはり音楽にはその人の人間性がにじみ出ると思うので、色々な経験をすることが大切ですね。例えば、失恋したことのない人間が悲しい恋の歌を奏でても、経験していないぶん、曲への感情移入は難しいはずなので、説得力に欠けてしまうもの。喜怒哀楽さまざまな感情が湧くような経験をどれだけたくさんしているかが、豊かな表現力につながるのは間違いないと思います。僕が好きなミュージシャンや、尊敬する先輩方はすごい経験をされてる方ばかりです。今の世の中、とにかく情報も手段も溢れているので、例えばカッコ良いと思ったものでも意外と簡単に真似できたり、すぐにそれっ“ぽい”ものはできるんです。でも、やっぱり平べったいんですよね。ガツンと響くのは、作り手のリアルな経験からきているものだけ。やっぱりそうじゃないとクリエイティブは生まれないよな、なんて最近はよく思っています。

ZARDのバックで培った
キーボーディストの美学とは。

今後の目標は、やはりキーボーディストはたくさんいる中で、僕の出す音を選んでもらえるように、個性をかってもらえるように磨いていくこと。「ここはちょっと大楠くんのキーボードが欲しいな」と求められるようなプレーヤーになりたいですね。
じゃあ自分の個性って何なんだろうと考えると、最近ようやく分かってきたことがあって。例えば、指が早く動くといった演奏テクニックのすごさ、上手さっていうところでの個性って、すごく出しやすいんです。でも僕は逆に、個性が出ないようなことをしっかりやろう思って、そこを重視してやってきたなと。それは、四分音符とか八分音符とか、ベーシックなバッキングなんかを丁寧に弾くというようなことなんですけど。僕は歌の伴奏をすることや、アレンジされたものをしっかりと演奏することが好きなので、一拍一拍、一音一音が的確で、ボーカリストが歌いやすい演奏、バンドのアンサンブルにしっかり絡む演奏を心がけてきましたし、これからもそういうキーボーディストでありたいんです。だから、言葉にするならば「四分音符がきれいなキーボーディスト」というのが、僕の個性なのではないかなと。究極は「リズムが聞こえる全音符」。リズムがない中でリズムを感じるような、そんな全音符を弾きたいと思いながら演奏しています。

こういった意識が芽生え始めたのは、あのZARDのツアーがきっかけです。ZARDは日本のポップスというジャンルを確立させた存在で、今でも必ず名前が挙がる、いわばJ-POPの代表的存在ですが、それは何故かと言うと、エイトビートがすごいんです。坂井さんの歌が一拍一拍ゆったり聞こえるのは、バックでしっかりと的確なエイトビートが刻まれているからこそなんですよ。その事実にZARDのバックバンドを務めるまで気づくことなく、何ならそれまでエイトビートは簡単で、四分音符がクリックに合っていれば正解だし、自分はできていると勘違いしていました。でも、いざ一緒にバックを務める先輩方のエイトビートを間近に聞くと、本当にバシッと揃っていて、めちゃくちゃカッコ良くて。一人でもずれてしまうとアンサンブルが乱れて台無しになるので、とにかくひたすらみんなでクリックを聞きながら、八分音符をしっかり練習しようというのが、リハーサルでのテーマでした。
そうなると、最初は足を引っ張ってばかりでしたね。特にZARDのキーボードは、一般的な伴奏に比べて、八分音符の和音をひたすら刻むようなアレンジも多くて一苦労。鍵盤楽器でずっと連打し続けるというのは、けっこう難しいんですよ。もうトランス状態に入ってきますし、どうしても疲れてきて、少しずつずれていくし……。ZARDのリハーサルに入ると必ず痛くなる筋があって、僕はその度に「あ、ここにZARD筋っていうのがあるな」と思っていたんですけど(笑)。そんなわけで苦戦しつつも、この時に先輩方から、エイトビートとはなんたるかを教えていただいたと思っています。

今でも知れば知るほど、やっぱり上手い方の一拍というのはしっかりとしていて、感覚的にはすごく長く感じます。ワン・ツー・スリー・フォーとカウントするなら、ワンからツーにいく直前までが一拍であると。きちんとそういう意識で演奏すると、安定した懐の深い音楽を奏でられるんですよね。それが、若い頃は頭では分かっていてもまだまだだったのですが、40歳になった今、ようやく本当に理解できてきたような気がします。最近はちょっと長くというか、焦らずに弾けるようになってきたかなと。昔よく先輩に言われていた「なんか違うんだよな」というのも、たぶんこのことだったのだと思います。間違いではないけれど、ちょっと一拍が短いっていう。だから、これからまた歳を重ね、キャリアを重ねて行く中で、一拍一拍、一音一音を丁寧に、的確に、「四分音符がきれいなキーボーディスト」を、とことん追求していきたいと思います。

【LIVE情報】

『Sensation Live Image ~SPRING HAS COME 2018~』
3月3日(土) 大阪 / Flamingo the Arusha
■会場 : Flamingo the Arusha
■時間 : 開演 17:00 / 開演 18:00
■チケット代 : 前売¥5,500 / 当日¥6,000 (ドリンク別途オーダー制)
■チケット発売 : 12月12日(火)10:00~ hillsパン工場HPにて受付開始
http://livehillspankojyo.com

3月11日(日) 東京 / 目黒 BLUES ALLEY JAPAN
■会場 : 目黒 BLUES ALLEY JAPAN
■時間 : 開演 16:30 / 開演 18:00
■チケット代 :
テーブル席(指定) 前売¥5,500 / 当日¥6,000 (別途シートチャージ¥540必要)
立見(自由) 前売¥5,000 / 当日¥5,500
■チケット発売 : 12月12日(火)14:00~ 予約開始
http://www.bluesalley.co.jp/
03-5740-6041 (受付時間 : 月~土12:00~20:00)

キーボーディスト 大楠雄蔵インタビューvol.2「 テクニックではなく一拍を大切に 四分音符をしっかり美しく奏でる。 それこそが僕の個性。」

大楠雄蔵さん

大阪府出身。2003年より、大阪が拠点の音楽事務所「GIZA」に所属し、キーボーディストとして活躍。ZARDや倉木麻衣をはじめ、数々のミュージシャンのレコーディングやライブに参加している他、自身のバンド「Sensation」でも精力的に活動している。また、「GIZAミュージックスクール」や「大阪音楽大学」などでの講師も務めている。